杜の主から

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神様によって結ばれるご縁

神社は時には神の杜とも呼ばれます。実際に神社の多くは木立に囲まれ当社においてはまさに幽玄無限な杜のごとく。古城の折り重なる巨木や、ざわめく古木に囲まれ、そこでは日々四季の移り変わりが繰り返されております。


そもそも大樹とは、神霊が地上に降り立たれる依り代で、当社にもしめ縄を張った御神木がありますが、ヒモロギと呼ばれるそれはいわば神々と交信するアンテナとも云われております。鎮守の森をもつ神社は、神々が地上界と接することのできる貴重な依り代であり、人々は神社を介して往古より神様と接してきました。


古来日本の人々が神様を思う気持ちは、祖先を敬うがごとく、大祖先である神様を敬い、共に生きたいと願う素朴なものでありました。歴史において神々をただ高く祀り上げるという時代もありましたが、昔の人々は神様のおそば近くへ参り対話し、日常において心の支えとして崇敬する神様と共に生きてきたのです。


人智の及ばざる自然の力に恐れる一方で、神様にその怒りを解いていただき、自然の恵みに感謝の念を抱いては、豊作や家族の無事平穏を神様に祈り報告してきました。その上で、人々の素朴な祈りを受け、人々が心のままに神様とふれあえる日本の神社は、他の信仰から見ても自由で実に開かれたものといえます。


こうして神の降りられる神社へは地域の人々が集まるようになり、そこはまた神を尊ぶ人同士が出逢う地域のふれあいの場としても形成されてきました。よく袖触れあうも縁と云いますが、これも神様によって結ばれるご縁でしょう。人と人、人の心と心を結ぶ神社は、いつしか地域のコミュニティの場としての役割をも担うようになりますが、私たちはそこに神社本来の姿があるように思うのです。


この度、当社におきましてホームページを製作し、このような機会をもつのも、新たな形によりますふれあいの場としての神社と出逢い、結びの神社の姿を若い方々を始めとした皆々様に継承したいという願いの致すところです。

 

太古より射水野の地に降り立つ神の命により
民人の願いにここに出る
うつくしの杜 射水神社

 

これを機に身近な神社をまた少しご理解いただき、人生の節目節目、また日々日常においても、神様との豊かな交歓の時を深めていただければ幸いと願っております。


当主

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